1924年10月31日に発生した西表島北北東の海底火山大噴火は、沖縄県の西表島から約50km沖の海底で突如として発生しました。この大規模な噴火により、大量の軽石が発生し、港を埋め尽くすほど西表島沿岸に漂着しました。軽石は黒潮に乗って日本各地へ流れ、翌年には北海道にまで到達しました。この記事では、海底火山の仕組みや、火山噴火による災害と避難の重要性について考察します。
海底火山大噴火
1924年(大正13年)10月31日 西表島北北東海底火山大噴火
沖縄県の西表島北北東海底火山で大噴火が発生しました。
噴火地点は西表島の北北東約50km沖で、この日突如として大規模な海底噴火が発生しました。噴火の直後から大量の軽石が付近の海面を漂流し、西表島では港が埋まるほどの量となりました。軽石は翌年にかけて黒潮などの海流に乗って北海道までの国内各地に到達しました。
この噴火以降、この海域で海面変色などの異常現象はありませんが、1991年(平成3年)から1992年(平成4年)にかけてと、2000年(平成12年)から2001年(平成13年)にかけて西表島近海で群発地震が発生しています。
海底火山とは
海底火山とは、海底に存在する火山のことです。海底火山は、陸上の火山と同じようにマグマが噴出して島や海山を形成しますが、周りに大量の海水があるため、噴火の規模や様子は異なります。
海底火山は、地球上の火山のほとんどを占めています。海底火山は、プレートの境界やホットスポットなど、様々な場所で活動しています。海底火山の噴火は、通常は人間に直接的な被害を与えませんが、津波や熱水噴出孔などの影響で、海洋環境や生物に変化をもたらすことがあります。
火山災害と避難について
現在、我が国には111の活火山があり、世界でも有数の火山国で、桜島等の複数の火山で噴火が発生しています。
災害の要因となる主な火山現象には、大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流、溶岩流、小さな噴石・火山灰、火山ガス等があります。
特に、大きな噴石、火砕流、融雪型火山泥流は、噴火に伴って発生し、避難までの時間的猶予がほとんどなく、生命に対する危険性が高いため、防災対策上重要度の高い火山現象として位置付けられており、噴火警報や避難計画を活用した事前の避難が必要です。
出典 首相官邸ホームページ
噴火で何が起きるのか
トンガ 大規模噴火と津波 何が起きたのかに迫る
2022年1月15日にトンガの海底火山で発生した大規模な噴火とその後の津波。どんな噴火だったのか?
なぜ日本に津波が来たのか?
当時の被害状況は?人工衛星の画像の分析や専門家への取材から見えてきたことをまとめました。
【2022年2月15日時点での記事です】
出典 NHK|災害列島 命を守る情報サイト
噴火で何が起こるのか?
ことし(2022年)1月15日に起こった南太平洋・トンガの海底火山の噴火の巨大さから、火山噴火への関心が高まっています。明日をまもるナビの記事から、火山災害の情報を種類ごとにまとめました。
出典 NHK防災
事前の迅速な避難
火山災害時は事前の迅速な避難が、人的被害の有無を大きく左右します。
- 火山防災マップを見て、噴火警戒レベルに対応する危険な場所を確認しておきましょう
- あらかじめ、避難場所や避難経路を確認しておきましょう
- 気象庁が発表する噴火警報・噴火警戒レベル等に留意しましょう
- 噴火の恐れがある場合には、「警戒が必要な範囲」から事前の避難が必要です。地元の市町村の指示があった場合には、それに従いましょう
【噴火警戒レベル】
噴火警戒レベルは、火山活動の状況に応じて「警戒が必要な範囲」と防災機関や住民等の「とるべき防災対応」を5段階に区分して発表する指標です。
出典 首相官邸ホームページ
注1: 避難・避難準備や入山規制の対象地域は、火山ごとに火山防災協議会での共同検討を通じて地域防災計画等に定められています。ただし、火山活動の状況によっては、具体的な対象地域はあらかじめ定められた地域とは異なることがあります。
注2: 表で記載している「火口」は、噴火が想定されている火口あるいは火口が出現しうる領域(想定火口域)を意味します。あらかじめ噴火場所(地域)を特定できない伊豆東部火山群等では「地震活動域」を想定火口域として対応します。
注3:噴火警戒レベル4のキーワードは、市町村が発令する「高齢者等避難」と整合するよう、令和3年12月16日に「⾼齢者等避難」に変更しました。
まとめにかえて
噴火では火山灰、溶岩流、火砕流、噴石等があり、海底火山の噴火では津波が起こる場合もあります。いざという時の備えを持っておくことは、”いざ避難”となった時に素早い行動が可能になります。
もしもの時に備えよう
霧島山(新燃岳)の噴火(平成23年1月)
認知症の母と離れて避難
~もしもの時に備えよう~(高原町 60代 女性 野菜直売所職員)
店が閉まると同時に私も避難生活に入りました。母と2人で暮らしているのですが、母は認知症を患っているので、避難所での生活はとても無理と思い、私は娘の所、母は妹の所に身を寄せました。避難所って大勢のかたとの共同生活ですし、トイレの使い勝手も違うので、ずっと付き添っていないといけませんからね。
娘は団地住まいなものですから、飼っている犬を連れて行くことができずちょくちょく餌をやりに帰っていました。それでも、散歩には連れて行けませんし、親戚が預かってくれるまでは不安でした。
お店の状態も気がかりでした。灰が降るくらいならまだ良いのですが、もし雨が降ってしまったら、近くの川が氾濫して土石流が起こると言われていましたので。幸い、取り越し苦労で済みましたが、雨が降っていたらと思うとゾッとします。
被災して感じたことは、お金のありがたさ。もしものときを考え、それからは節約するようになりました。