地震

地震の後の地震に注意・3月12日 長野県北部の地震

2011年3月12日、東日本大震災の翌日に長野県北部を震源とするマグニチュード6.7の地震が発生しました。長野県栄村では震度6強を観測し、多くの家屋が被災するなど、大きな被害が出ました。この地震は東日本大震災による地殻変動が影響して発生したと考えられており、発生後も震度6弱の余震が観測されるなど、地震活動が続いていました。大きな地震の後には余震が発生する可能性があるため、被災地では引き続き注意が必要です。本記事では、余震への備えや適切な行動について解説します。
火山

噴火、火山灰の影響と対応を考えてみる・1月27日 霧島山・新燃岳で爆発的噴火

広い範囲で降灰 2011年(平成23年)1月27日 霧島山・新燃岳で爆発的噴火 霧島山・新燃岳で爆発的な噴火が発生。新燃岳では、1月19日に2年5カ月ぶりとなる小規模な水蒸気噴火が発生した後、26日には噴煙が3,000m上空まで上がり約300年ぶりとなる本格的なマグマ噴火に移行、九州南部の広い範囲で降灰が観測されていました。
地震

生きている間には災害はもう来ないかを考えてみる・7月16日 新潟県中越沖地震

地震、津波、液状化、原子力発電所被災の発生 2007年(平成19年)7月16日 新潟県中越沖地震 マグニチュード6.8の新潟県中越沖地震が発生し、新潟県柏崎市、長野県飯綱町などで震度6強が観測されました。津波は柏崎市で高さ35cmが観測されています。
事前

明日、大震災があると分っていたらどうするか・1月17日 阪神・淡路大震災

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、多くの命を奪い、日常生活を一変させました。もし、明日同じような大地震が起きると分かっていたら、私たちはどんな備えをしておくべきでしょうか。本記事では、震災の経験者の声や事前の防災対策の重要性について考察し、いのちを守るための具体的な取り組みを紹介します。
火災

都市火災の危険性と対策、身の守り方を考えておく・10月1日 昭和新潟大火

この記事では、1955年の昭和新潟大火を振り返り、都市火災の脅威とその対策について学びます。新潟市で発生した大規模火災は、強風と乾燥した気候により急速に拡大し、都市の防火対策に課題を残しました。また、火災は地震などの災害時にも発生するリスクが高く、私たち一人ひとりが火災への備えを日頃から心がけることが重要です。この記事では、火災から身を守るためのポイントや初期消火の大切さについても解説します。
事前

明日、火山が噴火すると分っていたらどこに避難する?・11月17日 雲仙・普賢岳噴火活動を開始

1990年、雲仙・普賢岳は198年ぶりに噴火を再開し、翌年には多くの犠牲者を出す大規模な火砕流も発生しました。この経験から、避難場所の確認や家族との避難経路の話し合いがどれほど重要かを多くの人々が痛感しています。火山災害だけでなく、さまざまな災害に備えて、安全な避難先や連絡手段を事前に確認しておくことが不可欠です。
気象災害

雪崩を知って身を守る方法を考えてみる・1月9日 新潟県 三俣の大雪崩

1918年1月9日、新潟県三俣村で発生した大規模な雪崩は、集落の約30棟を巻き込み、158名が命を落とす大災害となりました。このような雪崩災害は、豪雪地帯に住む人々にとって今もなお大きな脅威です。本記事では、雪崩の基本知識、発生しやすい条件や前兆、そして被害を最小限に抑えるための方法について解説します。冬の自然災害への備えを改めて考えるきっかけにしましょう。
火災

大火と都市計画について考えてみる・4月28日(宝永5年3月8日) 京都・宝永大火

1708年、京都の中心部を襲った「宝永の大火」は、御所を含む広大な範囲を焼き尽くし、1万4千棟以上が失われる甚大な被害をもたらしました。しかしこの大災害をきっかけに、京都の都市計画は大きく見直され、防火機能を高めるためのまちづくりが進められます。本記事では、宝永の大火が京都の都市構造に与えた影響と、それに学ぶ現代の防災都市計画についてご紹介します。
地震

室町時代に起きた南海トラフ地震・9月20日(明応7年8月25日) 明応地震

1498年9月20日(明応7年8月25日)、室町時代に発生した明応地震は、推定マグニチュード8.6の大規模な地震でした。この地震は南海トラフ沿いで起きた三連動地震とされ、東海、東南海、南海の3つの地域でほぼ同時に発生しました。津波による大きな被害も記録されており、特に東海道一帯では甚大な影響がありました。浜名湖が淡水湖から現在の汽水湖に変わったのも、この地震が原因とされています。
土砂災害

都市型土砂災害とその被害を振り返る・7月7日~10日 昭和42年7月豪雨

1967年7月、西日本の都市部を中心に記録的な大雨が襲い、土砂災害や鉄砲水により甚大な被害が発生しました。昭和42年7月豪雨として記録されたこの災害は、都市の脆弱性と砂防対策の重要性を改めて突きつけました。
タイトルとURLをコピーしました