大雨

自分の防災行動計画を考えておく・8月26日~31日 平成20年8月末豪雨

平成20年8月末豪雨では、日本各地で記録的な大雨が降り、広範囲にわたる浸水や土砂災害が発生しました。こうした災害から身を守るためには、事前に自分の防災行動計画を立てることが大切です。避難のタイミングや準備を整理し、適切な行動が取れるようにしておくことは自分の身を守るために重要です。
地震

100年たった今の防災を考えてみる・9月1日 関東大震災

9月1日は「防災の日」として知られ、1923年に発生した関東大震災を忘れないために設けられた日です。関東大震災は、マグニチュード7.9の巨大地震で、多くの命を奪い、広範囲にわたって甚大な被害をもたらしました。この記事では、この災害から100年が経過した今、私たちの防災対策がどのように進化し、また、どのような課題が残っているのかを考えます。過去の教訓を活かし、未来の災害に備えるために、防災の取り組みを見直し続けることは安全安心に生活する上で重要です。
火災

たき火による火災、不注意が出火原因になることを考える・5月2日~3日(嘉永7年4月6日~7日) 嘉永7年の大火「毛虫火事」

たき火をはじめとする火の取り扱いには、常に慎重さが求められます。1854年、京都で発生した「毛虫火事」も、たき火の不注意が原因でした。本記事では、嘉永7年の大火「毛虫火事」の経緯と、現代におけるたき火火災防止のポイントについて紹介します。
事前

季節の変わり目に防災用品を点検しておく・12月1日 防災用品点検の日

「防災用品点検の日」として年に4回設けられている3月1日、6月1日、9月1日、12月1日は、防災用品の準備と点検を促す大切な機会です。関東大震災を教訓に、防災・危機管理アドバイザーの山村武彦氏がこの日を制定し、定期的な防災用品の見直しを呼びかけています。賞味期限のある非常食やバッテリーの充電状態など、災害時に必要な物資がいつでも使えるよう、点検と備蓄の意識を高めていきましょう。
事前

明日、火山が噴火すると分っていたらどこに避難する?・11月17日 雲仙・普賢岳噴火活動を開始

1990年、雲仙・普賢岳は198年ぶりに噴火を再開し、翌年には多くの犠牲者を出す大規模な火砕流も発生しました。この経験から、避難場所の確認や家族との避難経路の話し合いがどれほど重要かを多くの人々が痛感しています。火山災害だけでなく、さまざまな災害に備えて、安全な避難先や連絡手段を事前に確認しておくことが不可欠です。
火山

噴火で全島民が島外避難、避難を考えてみる・11月21日 伊豆大島三原山大噴火

1986年、伊豆大島の三原山が大噴火を起こし、全島民約10,000人が島外へ避難しました。溶岩流が山腹の噴火口から流出する中、住民は約1か月にわたり本土での避難生活を送りました。この出来事を機に、火山国である日本では、火山に関する防災教育や避難訓練の重要性が改めて認識されるようになりました。本記事では、噴火災害時に適切な避難行動をとるための「警戒レベル」や、平時からの準備について考察します。
地震

地域の状況から被害を想定してみる・3月24日 芸予地震

2001年(平成13年)3月24日に発生した予芸地震は、広島県呉市を中心に大きな被害をもたらしました。 震源地安芸灘でマグニチュード6.7の強い揺れが発生し、家屋の損壊や土砂崩れなどが相次ぎました。この災害では面地に作られた宅地の擁壁(ようへき)が崩れる被害が目立ちました。本記事では地域の地形等による擁壁被害対策の取り組みについて考察します。
大雨

早い避難をマイ・タイムラインで考えてみる・7月21日~23日 秋田県大雨災害、雄物川氾濫

2017年7月21日から23日にかけて、秋田県では大雨災害が発生し、雄物川が氾濫しました。人的被害は最小限に留められたのは、早い段階での住民避難です。では、どうすれば早い避難が可能になるのでしょうか。そのためには、マイ・タイムラインを活用することが有効です。マイ・タイムラインは、事前に計画的に行動することを可能にするツールです。このツールを使って具体的な避難計画を立てることができます。防災において、早めの行動が命を守ることにつながります。
地震

「複合災害」、災害が立て続けに発生することを想定してみる・12月18日(文政11年11月12日)三条地震 

1828年、江戸時代後期の越後平野(現新潟県)を震源とする推定マグニチュード6.9の三条地震が発生しました。この地震では、家屋の倒壊や山崩れに加えて、地中から水や砂の噴出、敷地での火災など複数の災害が同時発生する「複合災害」が起きていると考えられています。この記事では、複合災害の特徴と対策について、三条地震の例をもとに考察します。
事故

防災と景観について考えてみる・5月11日 紫雲丸事故

1955年5月11日、濃霧の瀬戸内海で起きた紫雲丸事故は、多くの修学旅行生が犠牲となった痛ましい海難事故でした。この悲劇はやがて瀬戸大橋建設へとつながり、地域の防災と交通インフラの在り方に大きな影響を与えました。本記事では、紫雲丸事故をきっかけに整備された防災インフラや、観光地と防災がどう共存しているのかについて考えます。
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